カッパドキア
5/6/97 9:10pm カッパドキア
前日に申し込んでおいた$25のツアーに参加。
ピジョンバレー、デユンリクの地下都市、ウフララ渓谷、キャラバンサライ、陶器の店などを回る。車での移動の時間も長かった。
数日あればバイクを借りて回るのも楽しいだろう。
ガイド君もなかなかしっかりやっていて、よい方だったと思う。
何しろ5ヶ月間の研修があるとこことらしいから。
注目していたのはデユンリク。
地下1階と2階はヒッタイト人が使っており、その後さらに下の階に掘り進んで住んでいたと説明していた。
誰が作ったのか、最初に。何のために?
どうもヒッタイト人が先に住んでいたというのが気になる。ヒッタイト人は聖書にもヘテ人として出てくる。
彼らの都ハットゥシャが発見されるまではその存在すら疑問視されていた謎の民族である。
彼らは突然現れてこつぜんと姿を消す。彼らのことはよくわかっていない。
その彼らがここに穴を掘って住んでいた?訪れると分かるがここは自然のシェルターのようになっている。
私には彼らは何らかの攻撃に耐えるためにここに穴を掘って住んでいたようにしか思えない。
教会があり、ワイン醸造所、貯蔵庫がありとヒッタイトより後に住んだ人々の跡は明確に残っているが、最初に住んだのは誰なのか?
ヒッタイト人より前に住んだのは?それともヒッタイト人が最初か?
地下8階はベンチレーションになっており、その機構、概念はあまりにも完全であった。
おまけに遠く離れたカイマクルまで続くトンネルもあると言うではないか。
何故か釈然としない。
合理的に考えて、何故「彼ら」がここに住み、何の目的でこの地下都市を作ったのかということはわからない。
ペトラの場合と同様もっとこれらを考える必要がある。
「彼ら」はどこから来たのか?何故この土地カッパドキアはこんな姿を我々にみせてくれているのか?
一説に言われているように本当に火山は爆発したのか?(火山の爆発から逃れるために地下を堀ったという説もある)。
考えるだけでも実に楽しく、夢があるではないか。
やはりここに来てよかった。何より自分で見て、感じること。
Sahihan Hoteはロケーションはよいがサービスが悪い。サービスに関して無頓着なんだろう。ベッドメイクもしていないし、ビジネスに熱心ではない。工夫したらもっと客が来るのに。
SAC TAVAという料理を頼んだら昼に食べたのと同じようなのが出てきた。ここの名物らしい。肉、野菜などを鉄板の上で炒めてある。ライスも混ぜてあるので十分に旨い。
オリエントレストラン。これで500,000TL。このレストランには昨日のバイク屋のあんちゃんに連れてきてもらった。友人らしい。
トルコ、食に関してはアジアではない。前にも書いたが麺はあるのかな?パンとメン。言葉は近いが隔%E
前の旅行記事トルコ カッパドキア | 次の旅行記事 アンカラへ
