11/8/06 (水) 9:25am ブダペストのホテルにて、ハンガリー
前日から少し間があいたので順を追って書いていく。
プラハからの夜行に乗り、午後11時過ぎにプラハを後にする。6人用のクシェットで2人先に入っていた。どうもクシェットと寝台車を混同しているようだが、自分のチケットを見せてもクシェットと理解されず、最後は2等車両にいた。おかしいと気づき、クシェットへと辿り着いたわけだが、どうも鉄道は説明不足というかわかりづらい部分がある。途中二人ともプラチスラバに降りた。
6日の朝8時10分位にブダペスト東駅に到着。ホームへ降りるとすぐ女性が宿を紹介するとしつこく言ってきた。一泊35?だと言う。こんなのは通常無視して先へ進むのだが、しつこかったのと重い荷物が少々きつかったので、部屋を見るだけということで車に乗っかった。中心街にあり中庭のあるアパートの一室だった。周りが殺風景で部屋に暖かみもないし、まあやめるべきところだが折角連れてきてくれたし、一泊だけしてやろうと思った。風呂に入ったあと外へ出た。
3日間のツーリストチケットと呼ばれる、乗り物が載り放題のチケットを2500Ftで購入。
そうそう1ユーロ250?260Ft(フォリント)相当。1Ft(フォリント)が概ね0.6円見当である。
ブダペスト。もう少しなんというかロマンチックで旅情のある美しい街かと思っていたが、案外普通の街だ。それなりに歴史もあるところだが、自分にはあまり合わないと直感した。これは感性である。
空気、人、雰囲気、ありとあらゆる情報の上に立つ旅人の感覚だ。
正直居心地よいとは思わない。その気持ちと自らの判断を後悔したためだろうか、旅のオーナーと言い争った。発端は旅の湯が出ないこと。電話をかけ直接来たので言いたいこと、言うべきことを言う。出るお湯に制約があるなんて聞いていないよ、それは私のせいではなくこのアパートのせいなの、とか何とか一向に非を認めない。挙句には他の日本人はそんなこと言ったこともないしあなたのパーソナリティだと言ってきたのでカチンときた。
チェックアウトするから金返せと言うとお湯も使ったし返せないと。では半分返せと言うとそれもだめ。だめとは思っていたが、冷静さを失ったことと、自分への苛立ち、相手の態度、何でも日本人とひとくくりにまとめようとする言葉に大いに立腹した。諦めて出て行けといって追い出す。自分としても少々大人気なかったが、これで何もクレームをつけないのはバカだ。自分は間違っていない。態度は少々悪かったが、まあ長い旅こういうこともある。
実は外へ出た時、次のホテル探しをしていた。ベスト・ウェスタン・アートとシティ・ホテル・ビルヴァクスを見ていたが、値段のわりに全くよくない。受付もそっけなくサービスしてやろうという雰囲気もないのでダメ。Ibisというフランスのチェーンホテルが 44ユーロで部屋もまあまあだった。団体客も多く、日本人も多く見受けられた。ここに決めて予約も入れていたのだ。まあしかし今思えば時間的猶予も与えてくれたし、少なからず情報もくれたので一泊しても別によかったと思っている。きちんとお湯のことも話して侘びでもしてくれたら、自分も激昂することもなかった。旅はまあ言えば生存をかけた闘いだ。そのために来ている。楽しくないことも辛いことも不条理なことも醜いことも、助けられることもある。しかし続けることにこそ意味がある。旅も人生も。
次の日7日は早々に部屋を出て、ここibs Budapest Vaci utに来る。8時頃に部屋へと入れてくれた。頭の中で予め順序だてておいたように歩を運ぶ。
地下鉄、HEVと乗り継いでルカーチ温泉へ。全員水着だったので水着を借りる。外のプールが温泉かと思い、水泳キャップを借りるところだった。ロッカーから左手の奥に浴槽があり24℃から45℃までのいくつかの浴槽があった。高温サウナもあり、何度も出入りする。いざマッサージというときにコインがないとだめだと言われる。最初に入り口で買うのだった。面倒なのでそのまま出る。15分で2200Ftだった。それにしてもここのロッカーの男のいい加減な対応には参る。まあ元来こういうところで働いている人間は仕方ないが、それにしてもサービスがわかり
づらい。自分も先に確認すべきではあった。
モスクワ広場に出て、バーガーキングで食事をして、王宮をぐるっと一回りしてくるバスに乗ってブダの王宮へ。マーチャーチュ教会をぐるっと回り、ペスト側の写真を撮り、周辺を歩いたが正直何も大したものはない。
クラクフ、プラハと見ているのでここブダペストは目新しさもなく凡庸にさえ映る。ウィーン門で一旦降り。歩いてまたバスに乗りモスクワ広場へと戻った。聖イシュトバーン大聖堂を少し見て、真っ暗な中聖イシュトバーンの聖なる右手を見るが、暗い上に高いところにあり全くわからぬ。これでは見せている意味がない。英雄広場も単なるスケボーの連中たちの遊び場であった。
最後に西駅へ行き世界一内装の豪華といわれるマクドナルドをカメラに収める。
ウィーン行きは全てケラティ(東駅)だそうだ。その前にバスターミナルで2度ウィーンまでの時刻を聞く。一人目はひどく無愛想でガムを噛みながら適当な対応だったが、二人目の女性はきちんとコピーまでくれた。
午前中は7時と正午の便がありその他含めて一日5本の便がある。そのうち4つがウィーン空港を経由する。これから東駅へ行ってみて情報を仕入れるが、まあこの7時のバス(片道5900Ft)で空港で降り荷物を預けて、最後の一日をウィーンで過ごそうと思っている。この荷物の上、さらに今日トカイワインの購入を考えており、移動するのは困難となってきている。
あと駅のATMでお金を引き出したとき桁を間違えてしまい、10万フォリントも引き出してしまった。すぐに宿代2日分23,970Ftをキャッシュで支払い、ホテルマンに紹介されたホテル近くのハンガリーレストランでビールとグヤーシュ、ポークソティなどを頼み3,300Ft(ここは少々高かったがビールが旨かったのでよいとする)あと手元に80,000Ft以上ある。これらをとりあえず銀行などでユーロに換えよう。
今日はこれから東駅へ行き、あとトカイワインを2本ほど買う。両替してバスか列車のチケットを買い、時間があればまた温泉にでもいくとするか。いずれにせよ最後のブダペストだ。
1ユーロ≒250?260Ft(フォリント)
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