スリランカ  コロンボでのlast day



ホテルから外を眺めるとこんな感じ

9/9/00 5 pm 

やることがなく手持ち無沙汰でホテルの部屋でごろごろしている。
プールサイドもつまらないし、ジムにも行ったが10分ほどで戻ってきた。
スカッシュコートも2面あったが1人じゃできない。

無駄に半日費やすことになっている。午前中は電話したりする。
土曜日で銀行も閉まっており、唯一セイロン銀行の旅行者相手の窓口のみが対応してくれていた。
ホテルの支払い分$65x2=$130として$150分のT/Cを両替する。残りのT/Cは$80。宝石を$200T/Cで支払ったのでシンガポールからここまでのチケット代を含めて$1400位両替したことになる。他には宝石代3500Rpsと約7000Rpsをカードで支払っている。みやげ物を含めて合算で1500~1600ドル相当を使ったろうか。

あとシンガポールで約半日のトランジットがあるが結構気持ちよく使っている。
昨日も書いたがどうも最近旅に出ると、快適さを知っているからだろうが、金をポンポンと使い中途半端な旅になる。貧しくもなく豊かでもなく、満たされているようで案外そうでもない。
旅とは日本での現実の生活、社会環境、習慣等を、ただ単に未知の国へ飛ぶことにより謝絶するための一つの方法でしかないのかなとも思えてくる。私自身色々なところへ出かけ、見て、知ることは、それは大いなる刺激となり知的興味を満たすことのできる手段ではある。
しかしそれらとやはり人間社会一般の標準的な規範とはどこかずれを感じる時もあるし、行った先々でそれらを直接感じたりすることもある。別に自分の人生だからと意に介することはないのだが、行った先での行動がある程度刺激を受ける。いや待てよ、こうして飛び回ること自体が一体何の制約あろうかといく気もする。まあいずれにせよ自分の好きなようにし、したいことをその時に判断しているのであって今一刻の判断が正しいと思えばそれでいい。

話はとんだが私設両替所でさらに両替をおこない$20と\1000を両替する。トゥクトゥクのタクシーを250Prsで1.5h程チャーターし紅茶店をのぞく。BOP(Broken Orange Pecoe)のものとをあわせて数点購入し、博物館をさっと見て回る。マクドナルドで降ろさせ、中でビックマック(100Rps)とナゲットを頼む。
同じ席では3人の若い母親が子供連れでお喋りしている。
ここでも同じ都会での生活が当たり前だがある。長く都会的な快適で便利な仕組みばかり見慣れているので、こういうシーンは落ち着くものだ。その後紅茶店に寄るがあいにく休みになってしまった。仕方なくホテルに戻り、こうしてぶらぶらしている次第だ。
明日は8amに先ほどのトゥクトゥクの運ちゃんに空港までの配車を頼んだ。ホテルで頼むと1350Rpsだが彼なら1000Rpsで行くという。ここまできたら早く帰りたくなってきた。
今日は母の誕生日。先ほど電話をいれた。

Sep. 9. 00 9 pm

昨日運ちゃんに教わったシーフードのレストランでカレーを食べた。まあその時の印象を含めてだが、概してスリランカはよかったと思う。旅先の一つに国を選んでよかった。人々はひとなつっこいし(金銭目当てのこともあろうが)自然、歴史、食べ物、石などのお土産、ティー、まあどれも満足のいくものだ。また来るかどうかは別にして(何故ならもっともっと行くところがある)楽しい国だ。本当に来てよかった。
明日は少し早い(6:15にモーニングコールを頼んだ)ので、今日はもう終わるがゆっくり最後の眠りを楽しめそうだ。旅はいい。本当に旅は素敵だ。

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